
5月3日のチャンピオシップ(2部)最終節ミドルズブラ戦(2-0)、後半42分の一場面。ホームでの直接対決も終盤、プレミアリーグ昇格争いのライバルから追加点を奪い、コベントリーのプレーオフ(3~6位)進出が、ほぼ確実となった瞬間の出来事だった(最終順位は5位)。
移籍1年目の昨季、坂元は、第34節で腰椎の横突起骨折という大怪我に見舞われた。今季は、開幕から戦線に復帰したが、9位に終わった昨季以上が期待されるチームは、序盤戦で下位に低迷。昨年11月には監督交代を見た。後任は、指揮官としての実績面で疑問符が付いていたフランク・ランパード。そのなかで辿り着いた、プレーオフ出場圏だった。
試合後、ミックスゾーンのない2部の会場で、メディア控え室の丸テーブルに腰を下ろした坂元が、静かな口調で振り返ってくれた。
「去年、最後の期間に怪我をしてしまって、チームに貢献できなくなった悔しさもありましたし、今シーズン、上手くいくこともあったなかで、最後に少し失速してしまい、落とせないゲームを(過去)2試合落として追い込まれた状態だったので、もう何としてでも勝ちたいという思いが強かった。後半、いつ失点してもおかしくないような展開だったので、そこで2点目を決めてくれたことが本当に嬉しくて、ああいう形になりました」
コーナーフラッグ付近で追加点を祝う、チームメイトたちの輪に加わることはできなかった。だが、その状況が坂元の貢献を物語ってもいる。
トップ下のジャック・ルドニが締め括った攻撃は、自軍ゴール前から運ばれたボールが、13秒後には相手ゴールのネットを揺らす速攻だった。4-2-3-1システムの右ウイングで先発していた坂元は、自陣内深くでの守備から戻る途中だったのだ。「間違いなく、僕はハードワークできるので、そこは凄く評価してくれていると思います」と、本人も言う。
現役当時、センターハーフにして歴代6位のプレミア得点数(177)を記録しているランパードだが、監督としては、何よりもハードワークを選手に求める。キャリア5度目の就任先でも、最も目立つチームの変化は、オフ・ザ・ボールでの連動、判断、徹底、そして激しさなどにあると見受けられた。
「守備の意識は、間違いなくチーム全体として上がっています。監督は、攻撃の選手だったかもしれないですけど、守備にはすごく気を遣う。微妙な立ち位置であったりとか、プレスに行くと見せる姿勢だったりとか、凄く細かい部分で指示を出してくれる。細かいところが修正されて(チームが)良くなったと思うんですけど、守備のところ、いつスイッチを入れるかとか、そういった点をはっきりできたことが大きかったかもしれないですね。
このチームだと結構、僕を含めてウイングの選手が守備のスイッチを入れるところが多くて、守備の流れとして凄く大事な部分になっていると思うので、それはかなり求められています」
もちろん、今季リーグ戦での平均ポゼッションでもトップ6につけているように(54.3%)、ランパード体制の基本姿勢はボールを持って攻めるスタイルにある。その攻撃に関して、坂元は「監督と話をした」とも言っている。実質的な初陣となった第19節ミルウォール戦、2列目右サイドで95分間をこなし、監督交代後の初勝利(1-0)に貢献したあとに言っていた。
「前節は、なかなか僕の長所を伝えられてなくて。トップ下気味の位置に入った後半、少しボールを触れなかった部分もあったので、(右SBの)ミラン(・ファン・エバイク)と一緒に監督と話しに行って、僕はサイドがやりたい、そこからクロスだったり、ドリブルだったりが自分の長所だと伝えたんです。どこのポジションでも、やるべきことはやらなきゃいけないわけですけど、僕自身が一番輝けるのは、このポジションかなと思っているので」
それから約5か月、この日の坂元は右ウイングで実際に輝きを放っていた。前半4分、チーム1本目のシュートが生まれた攻撃からファン・エバイクとの縦のコンビで絡み、その2分後には、自らボックス内へ。さらに3分後には、鋭い切り返しでマークをかわしてから、低弾道クロスで絶好機を演出している。満員のホーム観衆がチャントで讃えていたとおり、「サカモトがウイングでボールを持てば得点の予感がする」というシーンが、立ち上がりから繰り返された。
そして当人が、その綺麗な目で改めて筆者の目を見ながら、少しだけ声を大きくして「本当に僕にとっても、チームにとっても凄く大きい得点だった」と語った、先制点のアシスト。前半44分、得意の切り返しから、コースもスピードも絶妙のクロスをルドニの頭に届けた。
「最初から結構、僕のほうでボールを受けられる場面が多くて、チャンスも作れていたので、身体のフィーリングも凄く良かったですし、いけるなって思っているなかで、前半終了間際の大事な時間帯にボールを受けて、普通に仕掛けてアシストができた」
ランパード体制下での坂元は、基本システムでの右ウイングはもちろん、オプションとなる3-4-2-1でのシャドー役でも、先発レギュラーと化している。監督交代後にトップ下起用が増えたルドニとの呼吸は、ピンポイントのクロスが示すとおり。勝利後のピッチ上で、ふざけて水をかようとしたファン・エバイクと抱き合って喜んでいた様子を見ても、チームメイトたちとは非常に息が合っている。ひと月ほど前には、再来年夏までの契約延長も実現。移籍2年目にして、「コベントリーの坂元、ここにあり」といった状況だと思える。
もっとも、当人は至って冷静だ。
「シーズンのなかで、上手くいった試合もあれば、上手くいかなかった試合もあって、個人的な結果に関しては全然満足してないですし、負けた過去2試合も、勢いがあるチームに対して僕ができることが少なくて。シーズンを通じて、なかなか難しい試合が多かった。とにかく、プレーオフに出るという目標の第1段階は叶ったので、あとはもう2試合、3試合勝って、プレミアに行くだけが全てだと思います。
僕は今年(10月で)29歳になるので、こういうチャンスはなかなかないと思いますし、今、こういう素晴らしい時間を過ごせているのは本当に幸せなことだと思うので、それを噛み締めながら、ここから数試合をやっていきたいですね」
その数試合とは、4位でシーズンを終えたサンダーランドとのプレーオフでの2試合と、ウェンブリー・スタジアムが舞台となる決勝戦。プレミア昇格を懸けた残り試合を、「僕のサッカー人生の中でも、間違いなく大きな3試合になる」と、坂元は表現する。そして、穏やかな口調ながらも、きりっとした表情で続けた。
「毎試合、僕は自分のサッカー人生を懸けて試合をするっていうふうに意識していますけど、より一層、ここから3試合は自分にとって一生(の記憶)に残るような試合になると思うので、シンプルにすごく楽しみですし、とにかく勝ちに貢献したい。その思いが強いです」
前回、本コラムで坂元に触れたのは、彼が28歳になった当日の試合後だった。その原稿を「コベントリーのキーマンとしての坂本が誕生する日も遠くはないはずだ」と結んだのだが、その日は、今季のプレーオフ出場権を勝ち取る過程で、すでに訪れたと言える。そして目指すは、「プレミアの坂元」誕生の日だ。
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掲載元:FOOTBALL ZONE/フットボールゾーンFOOTBALL ZONE/フットボールゾーン
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