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サッカーに関する移籍・引退・試合結果など

      長友佑都はなぜ走り続けられたのか?圧巻の走行距離とそのエネルギー源としてのMCT。

       ロシアW杯での長友佑都の1試合平均走行距離は、10.9km。
       大会に登録された全736選手のうち、24位タイの数字だ。しかも、このランキングには15分ハーフの延長戦を戦ったチームの選手(ロシア、スペイン、クロアチア、デンマーク、コロンビア、イングランド)が含まれており、この国の選手たちを除けば、14位タイに躍り出る。
       その上、日本代表はポーランドとのグループリーグ最終戦のラスト10分間、自陣でひたすらパスを回し続け、0-1のまま試合を終わらせることを選択した。この試合のチーム総走行距離は83kmで、セネガルとの第2戦の105kmから20km以上も減っているのだから、長友個人の数字は驚異的と言える。
       ところが、長友自身は“数字”の先を見ていた。
      「走る距離だけを競うのならば、まだまだ走れたと思います。フィジカルコンディションも、すごく良かったので。ただし、サッカーは駆け引きだったり、走るタイミングや質が大事になる。それを考えると、走る距離自体も、走りの質も、まだまだ上げていけると確信しています」


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      掲載元:サッカー日本代表 - Number Web
      URL:https://number.bunshun.jp/articles/-/831454

      自ら率先してエコノミークラス。森保一監督が示した誠意と気遣い。

       人柄がにじみ出ていた。9月8日、札幌から大阪への移動便。日本代表の森保一監督は、20席しかない上級シートを選手に譲り、堂安律、冨安健洋、伊藤達哉ら若手と一緒にエコノミークラスに座った。
       '00年シドニー五輪と'02年W杯日韓大会を指揮したフィリップ・トルシエ氏以来2人目となるA代表と五輪代表の兼任監督。U-21代表を率いてアジア大会(8月14~9月1日、インドネシア)に出場したため、8月11日から無休で働き続けていた。
       誰よりも疲労が蓄積していたはずだが、率先して手狭な座席に体を押し込めた。
       気遣いの人だ。森保監督は親善試合について話す際、スポンサーに配慮し「キリンチャレンジカップ」と必ずと言っていいほど冠名を付ける。
       9月6日に起きた北海道胆振東部地震の影響で、翌7日のチリ戦が中止になると、札幌合宿中だったチームも被災したにもかかわらず、被災者に寄り添うメッセージを送り続けた。
      4バックは西野前監督への敬意。 迎えた初陣。9月11日のコスタリカ戦も、森保監督らしい采配を見せた。J1リーグを3度制した広島やU-21日本代表では3-6-1を基本布陣としてきたが、この試合では16強に進出したロシアW杯と同じ4-2-3-1システムを採用した。
      「W杯にコーチとして参加させてもらい、西野(朗)監督から学ばせていただいたことを先につなげたかった」
       前任者をリスペクトする意味を込めていた。
       試合前のミーティングで森保監督は「個人の特徴を思い切って出してほしい」と指示したという。ピッチでは南野拓実、中島翔哉、堂安らフレッシュな力が躍動。1対1で積極的に仕掛ける場面が多く、攻撃陣の個性が表れた内容だった。


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      掲載元:サッカー日本代表 - Number Web
      URL:https://number.bunshun.jp/articles/-/831918

      奥寺康彦から30年後、大迫勇也が。ブレーメンに馴染むマルチな才能。

       2018-19シーズンのドイツ・ブンデスリーガは、9月20日時点で3節を消化しました。首位は3戦全勝のバイエルン。相変わらずの強さで、他の追随を許しません。
       2位は香川真司がリーグ戦でもカップ戦でもベンチ外が続く、ドルトムント。こちらは試合内容に危うい部分もありますが、2勝1分の勝ち点2差でバイエルンに食らいついています。ドルトムントと同勝ち点でヴォルフスブルク、ヘルタ・ベルリン、ボルシアMG、マインツも続いており、リーガ序盤はなかなかのつばぜり合いとなっています。
       そんな中、開幕から3節連続でブレーメンを取材しました。今季のブレーメンには日本代表FW大迫勇也が2部に降格したケルンから加入し、日本のサッカーファンにとっても注目を集める存在になりそうです。
      奥寺と『ダイヤモンドサッカー』。 僕にとってのブレーメンと言えば断然、奥寺康彦さん(元日本代表、現・横浜FC会長)が活躍していた時代のチームが思い起こされます。
       奥寺さんが在籍したのは1981年からの約5年間。当時の日本は国内や海外のサッカーを放送する局は稀で、テレビ東京の『三菱ダイヤモンドサッカー』だけが頼りといった状況でした。金子勝彦アナウンサーが番組を進行し、後に日本サッカー協会会長を務めた岡野俊一郎さんが解説をする30分番組で、ブレーメン所属の奥寺さんがプレーしているシーンを見て、子どもながらに感嘆の声をあげていました。
       遠い異国で活躍し、現地のサッカーファンから『東洋のコンピューター』と称賛された奥寺さんが暮らし、プレーしたブレーメンという街にいつかは行ってみたい。そんな夢を抱きながら今の職業に就き、長い月日が経ちましたが、なんと2018年の今年、遂にその街を訪れることができたのです。
       現在のブレーメンは常勝クラブではありません。リーガを4度制した歴史はありますが、このところは中位が定位置で、ときに残留争いを強いられる立場にあります。奥寺さん以降は日本人選手が在籍しなかった事情もあり、日本の若いサッカーファンにはほとんど馴染みがないチームだと思います。


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      掲載元:海外サッカー - Number Web
      URL:https://number.bunshun.jp/articles/-/831920
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