すったもんだの移籍騒動の末に、ネイマールは今季もパリ・サンジェルマンに残留した。あれだけはっきり移籍の意志を示した後では、たとえ残っても何らかのわだかまりがありそうだが……そこはそれ、今季初出場となったリーグ第5節のストラスブール戦では、ファンの大ブーイングで迎えられたにもかかわらずいきなり得点をあげてみせ、続くリヨン戦と、1節を空けてのボルドー戦でも決勝ゴールを決め、まるで移籍騒動などなかったかのように瞬く間にサポーターの信頼を勝ち得てしまった。
『フランス・フットボール』誌8月27日発売号では、そのネイマールをトマ・シモン記者がブラジルの偉大な選手たちと比較している。歴史上のクラッキたちは「今のネイマールと同じ年齢(27歳)の時にどうであったか? その時点で、いったいどちらが優れていたのか?」さて、その結果は……。
監修:田村修一
ペレ(1967年に27歳) 10代のころからすでにゴールを量産しはじめていたペレは、世界最高のゴールゲッターであったと同時にクラブでも代表でも大きな成功を収めていた。
 サントスではコパ・リベルタドーレス('61年と'62年)とインターコンチネンタルカップ('62年と'63年)を連覇。ワールドカップも2連覇('58年と'62年)を成し遂げた。
 最初のワールドカップ優勝は17歳のときで、準決勝でハットトリック、決勝でも2得点を決めている。その2試合のインパクトが、ペレという存在を全世界に刻印するとともに、後に唯一無二の存在となる彼を世界の頂点へと押し上げたのだった。
 2度目以降のワールドカップはほろ苦かった。
 '62年は大会の第2戦で負傷しその後の試合を欠場。それでもブラジルは連覇を成し遂げたが、さらに4年後はやはり初戦で負傷、ブラジルもグループリーグで敗退したのだった。とはいえ当時、バロンドールの表彰対象がヨーロッパ人選手だけに限られていなかったら、そして歴史が繰り返されたならば、28歳の誕生日を迎えるまでにペレは6度受賞('58年と'59年、'60年、'61年、'63年、'64年)していただろう。
 ペレこそは最も完ぺきに近づいた選手であり、キングの呼称に相応しいオーラをその身にまとっていた。まさに神聖不可侵な存在といえる。
 <評価:ペレはネイマールを遥かに上回る>


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掲載元:海外サッカー - Number Web
URL:https://number.bunshun.jp/articles/-/840991