1年前、日本代表の一員として挑んだロシアの地で、乾貴士は一躍時の人になった。
 スペイン4シーズン目となった今季はベティスとアラベスでプレーし、リーガ出場試合数は100試合を超えた。スペインで高い評価を受けたはじめての日本人サッカー選手。数字はまだまだ伸びていくだろう。
 原点となったのはひたすらテクニックを磨き続けた中学、高校時代だ。
「やんちゃでしたね。あの頃の自分はチームの王様で、自己中心的でした。自分が好きなようにやっていましたから」
 当時を振り返る乾の頭に、自由奔放なサッカー少年だった自らの姿が浮かぶ。野洲高校に入学するまで、乾はセゾンフットボールクラブでプレーしていた。
「自分がボールを持ったときのプレーだけ考えて、他のことは頭になかった。自分が一番うまいんだ、そう思っていました。『とりあえず俺に渡せ』と常にボールをもらいにいって。個人技を磨いて、どうやってうまくなっていくのかだけを考えていました」
自分がうまくやれば勝てると思っていた。 型にはめられることなく、自由にプレーしながら培っていったテクニックは野洲高校に入ってからさらに磨かれていく。野洲高校の山本監督は、この小柄なテクニシャンの特出した個人能力を制限することはなかった。
「山本先生は自分には大して何も言わずに、自由にさせてくれました。考えていたのは自分の持ち味を出すということ。自分がうまくやれば勝てると思っていたし、それが一番いいんだと」
 サッカーにすべてを費やした時間だった。
 夏の朝には早起きしてひとりでボールを蹴った。昇り立ての朝陽の下、人の少ないグラウンドに気ままにドリブルを描いていく。そんな時間が楽しかった。学校の授業が終わってからはチームの全体練習にのぞみ、2~3時間のチーム練習後も自主練に没頭した。
「居残りはずっとやっていました。もっと上手くなりたいからという思いもあった。僕以外にも何人かは居残りをしていたので、仲間とワイワイ言いながらやるのも楽しかった。楽しいからやってたんですよね」


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掲載元:海外サッカー - Number Web
URL:https://number.bunshun.jp/articles/-/839116