「お前、岐阜ならサッカー上手くなるぞ」
 すべてはこの言葉から始まった。2017年シーズンのオフ、流通経済大学から当時J2のザスパクサツ群馬に加入し、2シーズンを過ごし終えたFW山岸祐也は悩んでいた。
 群馬残留か、オファーをもらっていたいくつかのクラブへの移籍か。
 ある日、悩んでいる彼の元に、FC岐阜の大木武監督から一本の電話があった。それまでも何度か電話は鳴ったが、その時は決まって「おう、決めたか?」「どうなんだよ~?」と冗談めいた言葉で、何気ない会話をする程度だった。だが、このときは違った。いきなり冒頭の言葉を山岸にぶつけてきたのだ。
 そして、大木監督は真剣な声でこう続けた。
「俺はお前を欲しいと思っているし、お前のプレーは何回も見ている。こっちに来たらもっとサッカー上手くなるぞ。岐阜での毎日の練習で上手くなるぞ」
 この言葉は山岸の心の奥まで突き刺さった。
「大木さんはまるで確信しているかのように言ったんです。その言葉に驚いたのと同時に、すんなりと自分の中に入ってきて、“この人についていったら、上手くなれる。岐阜でやりたい”と素直に思ったんです。
 もともと、大木さんのサッカーは映像で見ていましたし、いろんな人から面白いサッカーをする人ということは聞いていたので、あの言葉でさらに思いが強まりました」
「狭間」で生きろ。 山岸は岐阜に完全移籍した。だが、いきなり大木サッカーの洗礼と、大木武という人物の本質を目の当たりにすることになる。
「岐阜はパスサッカーが主体なので最初は戸惑いはありましたし、大木さんの言葉も独特。いろんな言葉があるのですが、中でも『狭間で生きろ』は、最初は難しく聞こえました」
 大木監督の言う「狭間」とは、“チームとしての規律”と“選手個人の自主性・創造性”の間を指す。規律に縛り付けられすぎると成長はないし、かといってやりたいことだけをやっていたら勝利はない。その狭間で生きて欲しいというメッセージだった。
「大木さんはいつも『俺が考えている上をいってほしい』と口にしています。それは規律を守りながらも、こんなことができるのか!? という驚きを与えてほしいということ。最初、俺はまだそれがよく分かっていなかったんです」
 この言葉は山岸自身、今は無意識のうちに実行していることだ。だが、それはもう少し物語を進めてから触れたい。


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掲載元:Jリーグ - Number Web
URL:https://number.bunshun.jp/articles/-/838577