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サッカーに関する移籍・引退・試合結果など

      清武弘嗣「正直、引退も考えた」ケガの連鎖、救った父の言葉と妻。

       今夏、ロシアの地で躍動した日本代表。その中心にいてもおかしくなかった選手が、清武弘嗣だ。
       時は2016年11月。ロシアW杯アジア最終予選のサウジアラビア戦ではトップ下として先発し、前半終了間際のPKによる先制点を含め、2-1での勝利に貢献。
       当時は香川真司との激しいレギュラー争いを経て、本大会では清武が定位置を獲得するのではという勢いさえ感じられた。
       昨年末、その時期の話題を彼に振ると「そんなときもありましたね(笑)」と遠い目をしていた。
       2017年2月。古巣セレッソ大阪に電撃復帰した清武は、クラブ初のタイトル獲得を含む2冠に貢献したが、シーズン序盤からケガを繰り返し、日本代表から遠ざかっていた。第16節の仙台戦では左ハムストリング筋損傷により約3カ月間、戦列を離れた。
      度重なる離脱に「ツイてない」。 それでも清武復帰後、チームは勢いを取り戻し、ルヴァンカップと天皇杯制覇へ突き進んだ。清武自身も健在ぶりを示すと、12月にはE-1サッカー選手権に臨む日本代表にも招集されたが、練習中にまさかの脳震盪で離脱した。
       C大阪の練習に復帰したとき、清武は苦笑してこう口にしていた。
      「ツイてないっす」
       それでも、天皇杯優勝で復帰初年度を終えた。C大阪への復帰会見で語った「このチームに必要なのはタイトル。絶対に獲りたい」との言葉を有言実行。波乱万丈の1年を締めくくった。
       今シーズンは副キャプテンに就任し、チーム内での影響力も増した。川崎とのゼロックススーパー杯ではゴールも決めるなど、W杯イヤーに最高のスタートを切った。しかしACLグループリーグ初戦・済州戦後の練習で右ふくらはぎ肉離れ。またも戦線離脱を余儀なくされた。

      掲載元:Jリーグ - Number Web
      URL:https://number.bunshun.jp/articles/-/831829

      小野伸二と稲本潤一が語る黄金世代。「同級生の一番に」「すげえな、と」

       8月下旬、北海道・札幌に足を運んだ。
       地下鉄・東西線の北西端、宮の沢駅で下車し、「白い恋人パーク」に向かう。コンサドーレ札幌の練習場には平日にもかかわらず多くのファンやメディアが駆けつけていた。Jリーグで好調を維持するコンサドーレに、北海道のサポーターは大きな期待を寄せているのだろう。ピッチを見下ろすテラスでジンギスカンを食べながら見学をしている家族連れもいる。
       ハーフコートで試合形式の練習が行われていたが、時折、2人のベテランプレーヤーのトラップや動きに目を奪われた。小野伸二と稲本潤一だ。
       小野の「それを見るためにお金を払う価値がある」(byカメラマン近藤篤氏)トラップに思わずため息が漏れ、稲本のチーム全体にスイッチを入れるようなドリブルでの持ち上がりを見ると2002年の記憶が蘇ってきた。
      チャンピオンズリーグを知らずに海外移籍。 2人には発売中のNumber961号の取材で「海外クラブへの挑戦の意味」について話を聞いた。移籍決断の背景や現地で言葉の壁をどう乗り越えたのか、そしてジダンやアンリら実際に対戦したレジェンドたちの巧さなどについて楽しそうに語ってくれた。
       話の中で意外だったのは、2人が小さい頃から海外でのプレーに憧れたり、強く意識することはなく、ほとんど知識もないまま(チャンピオンズリーグさえ知らなかったとか!)オランダのフェイエノールトとイングランドのアーセナルに移籍したということ。
      「当時は今みたいにスカパーやダゾーンがなくて、携帯もガラケーやし」(稲本)
       海外リーグの情報や試合動画が溢れている2018年現在とは、まったく違う環境で彼らはヨーロッパへの移籍を決断していったのだ。

      掲載元:Jリーグ - Number Web
      URL:https://number.bunshun.jp/articles/-/831877

      北京五輪の落選ショックから10年。青山敏弘が森保Jで巻いた赤い腕章。

       開口一番、青山敏弘は「なにもできなかったね」と試合を振り返った。しかし、ネガティブな言葉とは裏腹に、その表情は充実感に満ちていた。
       確かに立ち上がりの青山は、何かがおかしかった。普段は味方の足下にぴたりとたどり着くはずのインサイドパスが、まるで精度を欠いてしまう。
       スピードが足りず、あるいは角度を狂わせ、ビルドアップもままならない。そんなシーンが、2度、3度。らしくないプレーが続いた。
      「緊張しましたね。久しぶりに代表でやって、慣れるのに時間がかかっちゃいました」
       冗談めかして答えたが、ポーカーフェイスの新たなキャプテンが、ひそかに重圧を感じていたのは間違いない。恩師の大事な初陣で、偉大なる前任者から腕章を引き継いでピッチに立つ。
       キャリア充分のベテランであり、チームでも主将の大役を長く務めるが、やはり日本代表という場所は別格なのだろう。思い通りにプレーができなかったことで、冒頭の言葉を発したのだ。
      日本代表と縁遠かった10年間。 それでも後半には立て直し、持ち味であるサイドチェンジやダイレクトの展開、試合終盤には得意のロングフィードで、かつての同僚、浅野拓磨とのホットラインを開通させている。
       もっとも充実の表情の背景は、決して自身のプレーにあるわけではない。「後ろから見ていて頼もしかった」という若きアタッカー陣の躍動に、チームとしての手応えを得られたからだろう。若手の活躍に目を細めるその表情からは、ベテランの貫禄がにじみ出た。
       今年で32歳。このチームでは最年長となる。しかし、Jリーグで3度の優勝を成し遂げ、2015年にはJリーグMVPを獲得した青山も、日本代表でのキャップ数はこのコスタリカ戦を含めても、2桁には達していない。
       日本代表とは縁遠い男の負の歴史は、2008年までさかのぼる。

      掲載元:サッカー日本代表 - Number Web
      URL:https://number.bunshun.jp/articles/-/831866
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