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サッカーに関する移籍・引退・試合結果など

      ベントナー、タクシー運転手を暴行か アゴ骨折で手術も

      昨季、ノルウェーで得点王になるなど復活を遂げたデンマーク代表FWニクラス・ベントナー。
      直前の怪我でワールドカップ出場を逃したが、今季もローゼンボリでプレーしている。その彼について気になるニュースが入ってきた。
      『BT』によれば、日曜日の夜にコペンハーゲンでタクシー運転手に暴力を振るった疑いがあるという。
      タクシー会社の関係者は「今夜わが社のドライバーのひとりが深刻な暴行を受けた。彼は顎を骨折し手術を受けている。この暴行については警察に通報した。加害者はニクラス・ベントナーだと確認できている」と認めたとのこと。
      警察は被疑者の名前を明らかにしておらず、ベントナー側はこの件についてコメントしていないというが…。
      掲載元:Qoly
      URL:https://qoly.jp/2018/09/09/bendtner-v-taxi-driver-iks-1

      J3降格危機の新潟に現れた救世主。梶山陽平はピッチ内外で“つなぐ”。

       間もなくアルビレックス新潟のチームバスが出発しようとしていたとき、梶山陽平がNACK5スタジアムのロッカールームから出てきた。その右ヒザには、透明のテープで氷がしっかりと巻かれていた。
      「久々に90分プレーできました。ここからです。コンディションもプレーの質も上がっていくはずですから」
       J2リーグ29節の大宮アルディージャ戦、チームは5連敗目を喫し、新天地で初めて先発フル出場を果たした梶山は納得などしていなかった。ただ、何が新潟の課題で、どうすべきか、その90分間で全体像を把握したようだった。
      「ビルドアップの時には、最終ラインのパス回しなど、もう少し簡単にボールを素早く動かすことをやっていかないと。サイドバックがフリーでボールを持っても、パスコースがなくなっている。早くパス交換していけば、スペースが空いてきます。そのボールを動かすスピードは修正点。
       ただ、ビルドアップの課題はそれぐらい。渡邉(新太)とかいいタイミングで入ってきていたので、そこを使ってサイドを使うことをシンプルにしていきたいです」
      FC東京の一時代を築いた梶山。 この夏、FC東京から新潟へ半年間の期限付きで移籍してきた。梶山はプロ15年目のシーズンを迎える32歳だ。
       FC東京のユース昇格組で、初めてレギュラーに定着した選手だった。高校3年生だった2種登録のときから頭角を現し(J1とカップ戦で6試合に出場している)、プロ2年目の2005年からボランチのポジションを掴む。2004年のナビスコカップ(現・ルヴァンカップ)優勝をはじめ主要タイトルの獲得に貢献してきた、自身の成長とともにFC東京をタイトルが狙えるレベルに押し上げていった。クラブの一時代の象徴と言える選手だ。
       彼が中心選手として中盤を務めてきた北京五輪代表の反町康治監督(現・松本山雅FC)からは、「この世代で最もA代表に近い選手だった」と言わしめたほどの実力者でもあった。ただ、何度か可能性が浮上したものの、結局、フル代表に招集されることはなかった。そのキャリアには運と不運が錯綜してきた。

      掲載元:Jリーグ - Number Web
      URL:https://number.bunshun.jp/articles/-/831739

      札幌・都倉賢、32歳にして覚醒中。「自分の取り扱い方が分かった」

      「遅れて売れたヤツは強い」
       昭和30年代の華やかなりし映画や演芸の世界では、こんな言い方がされたそうだ。若くして売れるのは華やかだが、たとえ不遇な時代を過ごそうと、腐らず地道に実力を身に付けたなら、いざ花開いたときには、ちょっとやそっとのことで枯れやしない。そういったニュアンスなのだろう。
       いまJリーグで、この表現がピタリと当てはまるのが、コンサドーレ札幌の都倉賢だ。
       8月25日アウェー清水戦の74分、今年32歳になったストライカーは、利き足の左足で擦り上げるようにしてニアサイドを射抜き、逆転ゴールを決めてみせた。これが3試合連続となる今シーズンの10得点目。J1での2けた得点は、プロ生活14年目のキャリアで初めてのことだった。
      「自分の壁を、ひとつずつ打ち壊していく。昨シーズンも2桁得点を目指していたけど、自分を超えることができなかった。それが今年は、まだシーズンの早い段階でこうして二桁得点できた。自分でも誇りに思えます」
      クラブ最多得点記録に並んだ。 過去にJ1で2桁得点をあげた札幌の選手は、ウィル('01年、24得点)、ダヴィ('08年、16得点)、そして'17年のジェイ(10得点)の3人だけ。日本人選手では、当時まだ1部制で行われていた'98年のJリーグで吉原宏太が11得点をあげて以来、じつに20年ぶりとなるトップカテゴリーでの2桁得点だった。
       また、これが都倉にとって札幌加入後、通算70得点目(J1計19得点、J2計46得点、カップ戦1得点、天皇杯4得点)。1997~98年に在籍したバルデスの持つ、クラブの通算最多得点記録に並ぶゴールでもあった。
       セレッソ大阪、大宮アルディージャなどでもプレーしたパナマ人FWバルデスは、札幌のクラブ発足2年目にあたる97年の旧JFLにおいて、出場29試合40ゴールという驚愕の得点力で、Jリーグ昇格の立役者となった。そんなレジェンドと肩を並べ、クラブの歴史に名を刻んだのだ。
      「素晴らしいことだと思いますし、これからも増やせる可能性のある数字なので。コンサドーレの歴史のひとつとして、ひとつひとつ積み重ねていきたい」

      掲載元:Jリーグ - Number Web
      URL:https://number.bunshun.jp/articles/-/831746
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