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サッカーに関する移籍・引退・試合結果など

      矢野貴章が監督交代の日に訴えた事。ようやく上向いた新潟と自責の念。

       底なしの恐怖すら感じる落下がようやく止まったのは、それから1カ月以上も経ってのことである。
       J2リーグ第31節、アウェイで愛媛FCに0-0で引き分け、アルビレックス新潟の連敗は6でストップ。ヘッドコーチの立場で暫定的に指揮を執った2試合を含め、片渕浩一郎監督がチームを率いて4試合目のことだった。
       15年ぶりにJ2を戦う新潟は、1年でのJ1復帰に勇躍のシーズンを送るどころか、この夏、混乱の極みにあった。
       7月の終わり、キャプテンのMF磯村亮太がJ1のV・ファーレン長崎へ完全移籍で去った。2015年オフに大井健太郎がジュビロ磐田へ、2016年オフに小林裕紀が名古屋グランパスへ、そして昨年オフに大野和成が湘南ベルマーレへ移籍したのに続く、4年連続でのキャプテンの移籍。
       それだけでも穏やかではないが、磯村は昨夏、名古屋から新潟に完全移籍で加入し、厳しいJ1残留争いで奮闘、再起を図るチームのリーダーに任ぜられたシーズン真っ最中に移籍する異様さだった。
      何度も聞いた、チームが壊れる音。 1週間後の8月8日。クラブは今シーズンから指揮を委ねていた鈴木政一監督の契約を、前日付けで解除したと発表した。シーズンの3分の2近い27試合を終え、8勝5分け14敗で19位に低迷することを受けての、事実上の解任だった。その時点で21位ロアッソ熊本との勝ち点差はわずかに6。J3自動降格圏が、すぐそこに迫っていた。
       これは、地方のとあるJクラブで、混乱が1つのピークに達した夏の日の物語である。物語の主人公は、ベテランFWの矢野貴章。だが彼の登場は、ずっと後のことになる。
       かつてジュビロ磐田で一時代を築き、地域リーグ、大学サッカー、年代別の日本代表とさまざまなフィールドで指導してきた鈴木監督を招へいした今シーズン、チームが壊れる音をたびたび聞いた。
       ホームでヴァンフォーレ甲府に1-5と大敗した第17節。アルウィンの大声援の中、完全に沈黙したアウェイでの第22節・松本山雅戦(●0-2)。激しい点の取り合いの末に土壇場で3-4と逆転された第25節・東京ヴェルディ戦。
       そしてうだるような暑さの中、ただただ失点を重ねた第27節の大分戦(●0-4)。いずれも、痛恨という言葉に収まり切らない敗北ばかりである。


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      掲載元:Jリーグ - Number Web
      URL:https://number.bunshun.jp/articles/-/831958

      1クラブで長く背番号10を着ける男。宮澤裕樹は札幌と北海道の顔だ。

       サッカーにおける10番はマラドーナやメッシに代表されるように、「花形の番号」であり、チームのエースが背負う特別なものである。
       最近は昔ほど10番を神格化しなくなっているが、それでも特別な意味を持つ番号であることは間違いない。背番号10は常に目立ち、試合を決定づける仕事をこなす。こうしたイメージを持っている人は少なくないだろう。
      「やっぱり10番はチームの中心にいて、誰の目から見ても認められる選手だったり、プレーで観衆を沸かせられる選手というイメージが強い」
       北海道コンサドーレ札幌の10番を背負うMF宮澤裕樹も、その1人だ。宮澤は北海道伊達市生まれで、室蘭大谷(現・北海道大谷室蘭)高から2008年に札幌に入団。2010年から10番を託されると、そこから9年間もつけ続けている。
      「でも、僕はそんなタイプじゃないのに、10番らしくならないといけないと思いすぎていたんです」
       つい最近まで“10番”の呪縛にもがき、長きに渡って苦悩の時間を過ごしていたのだという。
      「10番らしくならなきゃ」「最初に10番を頂いたときから、『俺がつけていいのかな』と思っていました。最初の1、2年はとにかく気にしないように、ガムシャラにやっていたのですが、徐々に“もっと10番らしくならなきゃ”と思うようになったんです。
       ……何て言うんですかね、周りが思うような“10番像”に自分が応えたいという気持ちだった。でも、根本的に自分はそういうタイプじゃないという葛藤はずっとありました。その度に『自分がつけていていいのか』と思っていた」
       室蘭大谷時代、宮澤は「華のある選手」だった。1年時からFWとしてレギュラーを獲得し、エースストライカーとして君臨。高2の選手権ではベスト16進出の原動力となり、「北海の爆撃機」の異名が知れ渡り、世代別代表にも招集されるほどの選手となった。
       高3ではキャプテンに就任。もともとクールで、ピッチ上でも優雅な雰囲気を漂わせていたが、左腕に赤いキャプテンマークを巻き、さらなる風格を醸し出していた。そしてアクロバティックなゴールを何度も決めるなど、まさに「花形の10番」だった。


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      掲載元:Jリーグ - Number Web
      URL:https://number.bunshun.jp/articles/-/831953

      代表デビューから2年11カ月を経て。初得点寸前、南野拓実が考えたこと。

       新しい風が吹いた。そう感じさせる南野拓実のゴールだった。
       コスタリカ戦でゴールを決めた後に左胸のエンブレムを何度も叩き、喜びを爆発させた彼はしかし、試合後には冷静に振り返っていった。
      「まだまだ、足りないと思っています。僕自身も、全然満足していないです。攻撃のところでもっと起点になることもそうだし、ラストパスの本数はもっと増やせると思うし。でも初戦で大事だったのはわかりやすい結果を残すことであり、何よりもチームが勝つこと。その点に関しては良かったと思います」
       胸のすくようなゴールを決めただけで満足しないのは、当然かもしれない。
       2014年4月、ブラジルW杯のおよそ2カ月前のこと。当時のアルベルト・ザッケローニ監督から初めて代表に招集され、W杯予備登録メンバーにも19歳で選ばれている。若くして、その能力を評価されてきた選手である。
       上手いだけの選手ならいくらでもいる。でも、気持ちを前面に出してゴールにこだわれる選手は限られている。南野はその素質を持った選手である。
      チームメイトに要求を伝えるのは得意。 9月4日に札幌でチームに合流してから、9月11日のコスタリカ戦までの間に、ゴールを決めるために、チームの勝利をもたらすためにしっかりと準備をしてきた。
       だからこそコスタリカ戦の前日、練習を終えた南野は力強く話した。
      「みんなとはよく話し合えていると思います。自分としても要求するところは要求して、味方からの声もしっかり聞く。そういうコミュニケーションについては、僕は海外でやっているからすごく楽にできます。
       例えば、自分と組んだ選手の特長を生かすためにはどうしたらいいか。自分から言うのは『このタイミングでボールを出してください』とか、『ここのスペースで顔を出すので……』というような話です。攻撃での距離感などは、今までの練習のなかですごくやりやすいと感じているので、それを試合で表現できればいいかなと思っています」


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      掲載元:サッカー日本代表 - Number Web
      URL:https://number.bunshun.jp/articles/-/831878
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